2015年11月4日、文化審議会著作権分科会 基本・法制問題小委員会での意見発表に対して、thinkTPPIPとして、下記の通り意見を提出し、発表しました。
TPP著作権条項についての意見
2015年11月4日
thinkTPPIP(TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム)
「1.保護期間の延長」について
著作権保護期間の死後70年ほかへの延長については、①年8000億円超(2014年、日銀) [1] 、対米の小説・音楽・映画等分野だけで年約1000億円(同年、米商務省) [2] に及ぶ著作権使用料の巨額の対外赤字を固定し拡大させる可能性が高く、その支払の負担は民間事業者に帰せられ、②大多数の遺族の収入増加にはつながらず [3] 、③過去の作品の権利処理を困難とし権利者不明の「孤児著作物」を増大させ、作品死蔵のリスクを高めるなど、メリットがなく国内でも批判が強い。
また、④当の米国でも議会著作権局長が未登録作品を死後50年などに期間短縮することを提案するなど [4] 、無用な長期化への批判が高まる国際情勢に一見して反しており、我が国の情報立国・知財立国にとって極めて問題が多い。更に、⑤期間統一論は当の米国が発行時起算など全く異なる法制度を維持している点で説得力がなく [5] 、⑥戦時加算の解消は上記に比してわずかなメリットでしかない上、各国からその確約なども取られていない。
以上から、万一保護期間を延長する場合には、現在の実名登録(75条)や創作年月日登録制度(76条の2)を改正して全ての著作物を著作権登録の対象とし、死後50年ないし公表後50年の経過以前に登録がされることを条件に、作品を延長保護する制度を提案する。
上記米国など現在の国際的な議論の動向にも沿い、こうすることで、作品が市場で活用されている等の理由で長期の保護を求める権利者には保護を与えつつ、相続人などが権利存続に関心がない大多数の作品については孤児著作物化を防ぎ死蔵や散逸のリスクを減少させることができる。(万一、海外作品について上記が条約上困難な場合には、国内作品についてだけは実施する。)
「2.非親告罪化」について
非親告罪化については、政府による幾つかのセーフガード文言の挿入を評価する。ただし、①そもそも権利者が告訴不要と判断するものを起訴処罰する必要性・正当性が疑問であるうえ、②コミケ同人誌に代表される二次創作、ゲーム実況動画・「歌ってみた、踊ってみた」・コスプレなどに代表される各種ユーザー発信、ビジネス・研究・福祉分野での軽微利用など、これまでは権利者も問題視せずにグレー領域的に行えて来た多くの利用(寛容的利用)を萎縮させ、我が国の文化・経済の活力を奪いかねないとして、国民からの批判が極めて強く、権利者団体からもほとんど要望はない状態であり、導入の必要性自体が疑問である。
以上から、①条約の文言(piracy [6] )に忠実に目的を海賊的利用対策に絞るべく、非親告罪化の対象を複製権侵害に限定し、かつ、②単に「複製」だと二次創作も一部対象化される恐れがあるため、出版権と同様に『原作のまま』複製する行為のみに対象を限定し [7] 、かつ、③現在のTPP条文案と同様の定義 [8] による『商業的規模』の侵害であって、原著作物の市場での収益性に重大な影響がある場合のみに対象を限定することを、提案する。これにより、当局はそのエネルギーを悪質な海賊版ビジネスやこれに準ずるものの摘発に集中させることができ、かつ、社会の各種活動の萎縮は防止でき、もって我が国の文化・経済の強みを維持できることが期待される。
「5.法定の損害賠償・追加的な損害賠償に係る制度」について
いわゆる法定損害賠償・追加的損害賠償の制度は、権利者による泣き寝入りを減少させ、悪質な侵害の予防を期待できるメリットもある。他方、特に米国型の訴訟文化の急速な導入は、賠償金の高額化と濫訴を招き、個人や企業活動の過度の自粛から文化・経済面での強みを減殺しかねない。
この点、当の米国では、原則として侵害前に登録された作品のみが法定賠償金や弁護士費用の請求対象となる [9] 。また、韓国は米韓FTAでTPPと同様の「pre-established damages」の導入を約束しているが [10] 、国内立法においては、侵害行為前に登録された作品のみを法定損害賠償の対象としている [11] 。
上記を踏まえて、以下を提案する。
- TPPの要求は「pre-established damages」であり [12] 、「statutory damages」より広く解釈できるため、日本の現行法114条1項ないし3項はこれにあたり、現行法改正は不要という政府判断は可能と考える。特に、実態との乖離が指摘される弁護士費用の賠償を、対象に差止訴訟も含め、かつ合理的な実際の弁護士費用額に近づけるよう運用を改善する場合、悪質な侵害抑止という条約の要請にもかない、上記の説得力は高まる。
- あくまで法定損害賠償等の制度を導入する場合、米国・韓国法などに倣い、現在の実名登録や創作年月日登録制度を改正して全ての作品を登録対象とし、登録後に侵害を行った場合だけを対象とする。
- その際には、侵害抑止に必要な程度の上限額を定め、特に1作品あたりだけでなく、総額の上限も定める(シンガポール、マレーシア法参照 [13] )と共に、行為の悪質性、警告後の侵害継続などの考慮要素を明記して、賠償金の適用対象を明確化する(追加的賠償を含め、制定例多数 [14] )。
立法時期・その他の国内立法等について
以上のほか、TPP知財条項には我が国の情報政策・文化経済に将来にわたって影響を与える条項が少なからず含まれており、早期の全面情報開示とオープンな議論に基づく慎重な国内法対応が望まれる。前のめりな国内法先行などは論外であり、あくまでTPP発効以後に最新の国際情勢を踏まえた柔軟な立法が必要である。また、その際には、フェアユース規定の導入、前述した作品登録制を含む権利情報の集約と公開、「孤児著作物」利用制度の更なる改善など、作品の流通と活用を促進しつつ創作者に正当な利益の還元をはかれる「著作権の日本モデル」の導入を積極的にはかるよう、要望する。
以上