TPPによる著作権保護期間の延長に反対する国際共同声明の和訳公開と声明への参加の呼び掛け

TPP交渉における最も対立の激しい分野の一つといわれる知的財産。中でも、著作権の保護期間延長をめぐっては、昨年11月のWikileaksによる流出文書では、交渉国の賛否は真っ二つに割れており、日本も反対に回っていました。しかし、去る5月には、日本も延長に合意ないし同調しているとの報道が主要紙で相次ぎ(その後政府により否定)、直近の報道では、日本は保護期間延長と非親告罪化には反対しているものの、交渉国の中で孤立しつつあり、最終的に妥協を迫られる可能性が高いと報じられています。これら2制度は、まさに導入されるか否かの瀬戸際にあります。

しかし、ここに来てまた、別の流れも生まれつつあります。


まず、つい先日の7月15日には、米国著作権法の包括的な見直しの一環として、米国議会のヒアリングでも、著作権の保護期間の見直しが議題となり、複数の有力な参考人が部分短縮に前向きな意見を述べました。言うまでもなく、昨年3月、米国著作権行政のトップであるマリア・パランテ著作権局長が、「登録作品に限り死後70年まで保護し、非登録作品は死後50年の経過をもってパブリック・ドメインとする」という保護期間の部分短縮を米国議会で提案したことを受けての動きです。

また、これに少し先行して、去る7月9日には、米国有力NGOである電子フロンティア財団(EFF)やクリエイティブ・コモンズ、ウィキペディアを運営するウィキメディア財団、米国やカナダの大学・研究図書館からなる北米研究図書館協会(Association of Research Libraries)を始めとする各国の図書館団体、インターネット・アーカイブ、消費者団体の国際組織である国際消費者機構(Consumers International)など有力35団体が、TPPにおける著作権の保護期間の延長に反対する内容の交渉関係者宛の公開声明を共同で公表すると共に、関係団体に対し、この共同声明に加わるよう呼び掛けました。

このように、TPP交渉における保護期間延長問題が猶予ならない状況にある一方で、保護期間延長の最大の推進国といわれる米国の中でも、デジタル社会の進展に伴い、著作権の保護期間に関する見直しの動きが続いています。

thinkTPPIPを構成するクリエイティブ・コモンズ・ジャパンthinkC(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)及びMIAU(一般社団法人インターネットユーザー協会)、並びに「青空文庫」の活動を支援する本の未来基金の4団体は、従前より彼らと意見交換を続けており、上記35団体の共同声明にも加わりましたので、報告いたします。同時に、さらなる日本の関係団体に参加を呼び掛けるべく、原参加国側の了承も得た上で、以下の通り、共同声明の参考和訳を公開することとしました。

※共同声明には、こちらより、どの団体でも参加することが出来ます。

thinkTPPIPは、この呼び掛けが、「原則死後50年」という著作権の保護期間を守ってきた最大の先進国・日本の図書館や各種アーカイブ、そして情報政策やインターネット関連の関係者が保護期間延長をはじめTPPの著作権問題について声を上げ、交渉関係者に対してその声を届けるきっかけとなることを願ってやみません。

TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム
クリエイティブ・コモンズ・ジャパン
thinkC(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)
MIAU(一般社団法人インターネットユーザー協会)

(日本語参考訳)

2014年7月9日

TPP交渉国の大臣及び議員の皆様

私たちは、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)において特定の国から提案された、TRIPS協定で確立された最短期間を上回る著作権の保護期間の更なる延長により被害をこうむるであろう著作物の利用者(図書館、公開アーカイブ、作家、教育者、学生、デジタル・ライツ[訳注1]擁護団体及び技術的な革新者を含む)の連合体として[この公開書簡を]書き綴るものです。

パブリック・ドメイン[著作権保護期間が満了し、公有に帰せられた著作物]は、社会の全ての活動分野に対して、計り知れない社会的・経済的利益をもたらします。現代の手頃な価格の通信技術やネットワークと併用することで、社会の最も貧窮したメンバーでさえも、パブリック・ドメインを通じて知識へアクセスすることが可能です。パブリック・ドメインはまた、営利作品や非営利作品の両方について、人気があり、価値を有する新たな二次作品の創作を促します。たとえば、最近のシャーロック・ホームズの大量のスピンオフ作品は、先日米国の裁判所の判決[1]で認められたように、原作品がパブリック・ドメインになったことで可能となったものです。

この非常に貴重な資源に対する最も差し迫った脅威は、「原則として死後50年」というTRIPS協定の最短期間に加えてさらに20年、著作権の保護期間を延長することです。ほぼすべての現代の経済学者たちは、他の論点では大きく意見が相違するにもかかわらず、著作権の保護期間の延長は無意味であるという点で意見が一致しています。近時の英国のハーグリーブス・レポートは、この問題に関する広く一致した見解について、以下のようにまとめています。

著作権の保護期間を現在のレベル以上に延長することにより予想される経済に対する死荷重的損失(deadweight loss)[訳注2]が、延長により生じるかもしれないいかなるインセンティブ(動機付け)効果も上回ることは、経済学的証拠から明らかである。この点は、既存の作品や、既に亡くなったアーティストの作品への創作のインセンティブ付与が不可能である以上、著作権の保護期間の遡及的な延長については二重に明らかとなる。 [2]

著作権の保護期間の延長が、社会に対して厚生の純損失(net welfare loss)[訳注3]をもたらし、事実上、著作権を有する少数の多国籍企業への富の移転に等しいという事実については、いかなる重大な疑問もあり得ません。著作権の保護期間の延長についてその他の正当化がなされることもありますが、それらの一つ一つはまた、添付の情報シートで説明されているように、証拠により完全に誤りであると示すことができます。

著作権者である大企業の利益となるこの富の移転(transfer of welfare)の費用は、保護期間の延長がなければパブリック・ドメインとなっていた著作物へのアクセスに頼っている人々―図書館、学生、アーティスト、作家及び何百万ものその他の人々の負担に帰するでしょう。

私たち下記署名者は、貴殿に対し、私たち、そして世界中のTPP交渉参加国が現在享受している、増加するパブリック・ドメインへの継続的なアクセスを危険にさらすようないかなるTPP上の方策も拒絶するよう強く要請します。TRIPS協定のレベルを超える著作権の保護期間の更なる延長は、費用がかかり、不必要である上、元に戻すことは非常に困難となり得ます。

敬具

Association for Progressive Communications
Association of Research Libraries
Article 19
Atlantic Provinces Library Association
Australian Digital Alliance
Australian Library and Information Association
Authors Alliance
Bangladesh NGOs Network for Radio & Communication
BC Freedom of Information and Privacy Association
Bytes for All, Pakistan
Canadian Library Association
Canadian Urban Libraries Council
Communia Association
Consumer NZ
Consumers International
Council of Australian University Librarians
Council of Canadians
Council of Atlantic University Libraries
Creative Commons
Demand Progress
Electronic Frontier Foundation
Electronic Frontiers Australia Inc.
Fantsuam Foundation
Internet Archive
IT for Change
Knowledge Ecology International
Library Association of Alberta
Newfoundland and Labrador Library Association
ONG Derechos Digitales
Open Knowledge
OpenMedia.ca
Public Citizen
Public Knowledge
The Australian Fair Trade and Investment Network
Wikimedia Foundation

著作権の保護期間延長に関する情報シート

この情報シートは、著作権の保護期間延長賛成派のいくつかの一般的な主張が誤りであることを示しています。

著作者の平均寿命の高齢化という主張に対して

著作権の保護期間の延長は、著作者の平均寿命の延びにより正当化されると主張されることがあります。私たちは、アーティストがその創作的な作品(作り出したもの)の正当な対価を受け取ることを全面的に支持します。しかしながら、「生存期間」(”life”)はスタート地点でしかなく、著作権の保護期間は既に著作者の生存期間を超えて延長されていますし、彼/彼女の子孫を食べさせていくことは、著作権法の正当な目的ではありません。ハーグリーブス・レポートからの前記引用でも述べられているように、既に生きていないアーティストにとって、著作権の保護期間の延長による付加的な動機付けの効果は一切ありません。さらに、ミルトン・フリードマンを含む高名な米国の経済学者のグループによる、1998年の米国著作権保護期間延長法に関する論文によれば、延長された期間の創作者の収益は、最高でも数セントであり、しばしば1セント以下でした[3]。反対に、録音物に関する直近の欧州での保護期間の延長による利益の72%は、アーティストではなくレコード会社に生じると試算されました。 [4]

著作権の保護期間の長い国は、文化的な投資にとってより魅力的であるという主張に対して

著作権の保護期間を延長することにより、当然の結果として、その国のクリエイティブ産業に対する外国直接投資が増加すると仮定されることがあります。同様に、著作権の保護は、産業界に対し、保護しなければパブリック・ドメインとなる作品を保護するインセンティブを提供するために必要であると主張されることがあります。しかしながら、証拠はこれを裏付けません。これまでに公刊された研究のうち、どの国についてであれ、著作権法と外国直接投資の間に重要な正の連関があることを示すものは一つもありません。実際には、著作権の保護期間の延長は、著作権者が作品の商業化に無関心であることや、-より悪いケースとして―著作権者と連絡が取れず、問題の作品が「孤児作品化」していることを理由に、しばしば著作物を全く利用できなくなる事態をもたらします。反対に、創作的な作品はしばしば、パブリック・ドメインとなって初めて忘却から救い出されます。[5]

ハーモナイゼーションという主張に対して

TPPの下で著作権の保護期間を調和させることによって、作品の国際的なライセンスをより容易にすることができるという意見は、まやかしです。死後70年という著作権の保護期間で共通している国々でも、特定の作品について実際の著作権保護期間を定めるルールは複雑です。実際に、それらのルールは米国内でさえ複雑です。(判読可能なサイズに複製されていませんが)下記のダイアグラム[訳注4]は、著作権が消滅したかどうか判断することがいかに複雑であるかを示しています。TPPは、これらの相違するルールを調和させようとしてはいません。したがって、死後70年という統一の制度の下であっても、著作権者がその作品をライセンスするためには、各国の法制度の地雷原[潜在的問題が多い状況]の中を航海していくことがなお必要となります。


[1] ジェシカ・グレンザ『Sherlock lives in public domain, US court rules in the case of the heckled brand』(2014年6月16日)、 http://www.theguardian.com/books/2014/jun/16/sherlock-public-domain-court-doyle-estate-copyrightにて閲覧可能。

[2] イアン・ハーグリーブス『Digital Opportunity: A Review of Intellectual Property and Growth』(2011年5月)、https://ipo.gov.uk/ipreview-finalreport.pdfにて閲覧可能。

[3] ジョージ・アカロフ、ケネス・アロー、ティモシー・ブレスナハンほか『The Copyright Extension Act of 1998: An Economic Analysis』(2002年5月)、http://www.brookings.edu/~/media/research/files/reports/2002/5/copyright%20litan/05_copyright_litan.pdfにて閲覧可能。

[4] マーティン・クレシュマー『Comment on copyright term extension』(2011年9月13日)、http://blogs.bournemouth.ac.uk/research/2011/09/20/comment-on-copyright-term-extension/にて閲覧可能。

[5] ポール・ヒールド『How Copyright Keeps Work Disappeared』(2013年7月5日)、Illinois Program in Law, Behavior and Social Science Paper No. LBSS14-07, Illinois Public Law Research Paper No. 13-54, http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2290181にて閲覧可能。

訳注1:デジタル・メディアやインターネットへのアクセス・利用・創作等に関する個人ユーザーの権利。

訳注2:著作権等の権利処理コストが高額化する結果(供給曲線がY軸方向に上昇)、それがない競争市場と比べ、社会全体の効用(総余剰)が減少する、その減少分を死荷重(的損失)という。

訳注3:厚生(社会全体の効用)の減少。ここでは上記死荷重的損失とほぼ同義。

訳注4:この参考訳では割愛。

(翻訳 弁護士 中川隆太郎)